君に会いに

ぼくはどうしても行かなければならなかった。

周りの人は、行く必要なんてない、って、
そう言ってくれたけれど、ぼくもそれはそうかも
知れないと思ったけれど、やっぱり、ぼくは
行かなければいけないと思った。

なければならないとか、なければいけないとか、
そういうことじゃあない、行きたかったんだ、ぼくが。

だからぼくは君が待ち合わせ場所に指定したその山に登った。

君に会うために、そして君に別れを告げるために。

ぼくと君との出会いは10年前、
今思えば他愛のないふとした出来事だった。

ぼくはすぐに君のことが好きになった。
君も、ぼくのことを好きでいてくれた。

嬉しかった、大好きだった。

あの日、君は、とても生き生きとした笑顔で、
ぼくに話しかけてくれた。

ぼくは初め、なんだかよく分からなかった、
どうして君がぼくに話しかけているのか、
どうして君がぼくに話しかけてくれるのか、
全然分からなかった。

だけど、すぐにそれが一番自然なことなんだって思った。
君はぼくと一緒にいたい、ぼくも君と一緒にいたい、
とても自然な出会いだと思った。

それからぼくらは毎日一緒に過ごした。
朝も昼も夜も、いつもいつも一緒にいた。

本当に嬉しかった。

ぼくにはもったいないとさえ思った。

でももったいなくなんてないと思った。
君とぼくが一緒にいる、それが一番自然なんだって思った。

毎日毎日信じられないくらいに楽しかった。

だから、大切にしようと思った。
ずっとずっと、いつまでも君と過ごそうと思った。
絶対に離すまいと思った。離れるわけがないと思っていた。

だけど、その時はやって来て、君はいなくなってしまった。
いなくなってしまったんじゃあない、ぼくが君のところから
いなくなったのだ。

きっと、君はぼくのそばにいたいと思っていてくれたのだけど、
ぼくのことを信じていてくれたのだけど、
ぼくを必要としてくれていたのだけど、

そんなこと、君がいなくなってしまった今となっては、
確かめようもないし、そもそも君がいたのかどうかも、
自信が無いのだけど、

だけど、ぼくなんかと一緒にいても、君のためにならないと、
ぼくも君がいてはいつまでも前に進めないのかも知れないと、
そう思って、ぼくは君と別れようと思った。

君も、その話には理解を示してくれたし、
いつかまた一緒になれたら一緒になろうと、
君はそうとまで言ってくれた。

そうしてぼくは君と別れた。

でも、君は全然納得なんてしていなかったのかも知れないね。
ぼくだって、納得なんてしていなかった。仕方がないと思っていた。

それに、また一緒になれることなんて、無いんだよね。
今思えば君は最初からそれを分かっていたんだよね。
でもぼくには分からなかった。

もう一緒になんてなれないんだ。

だけど、ぼくは今でも信じてる。
いつかまた君と一緒に過ごせる日が来るって。

君はきっと今更何を言っているのだと言うのだと思うけれど、
きっといつか、また君と過ごしたい、その気持ちは、今も
昔も変わらない。

そのくらい、信じても良いじゃないか。

そんなことを想いながら、ぼくは山を登った。

待ち合わせの場所に近づくに連れて、
ぼくはとてもドキドキした。

あの時、君に初めてあった時のように、
ドキドキした、心地良い感情だった。

また君に会える、そう思うと、
ドキドキせずにはいられなかった。

また一緒に過ごせそうな気さえした。

君は、どんな想いでぼくを待っていてくれるのだろう。

待ち合わせの場所に、君はいた。

あの時と同じだ。
あの時と同じ、君がいた。

あの時と同じ笑顔で、あの時と同じ話し方、
あの時と同じ仕草で、あの時と同じ身のこなし。

また、会えたね。

君はぼくが待ち合わせの場所に
現れるとそう言ってくれた。

ぼくは、

ゴメンね。

と、ただそれだけ言った。
それだけしか言えなかった。

もっともっと言いたいことはあったけれど、
どうしようもなく言葉にならなくて、ただ、
ゴメンね、とその一言が、ぼくの精一杯だった。

ぼくらは、それだけ話すと、
10年前のように抱きしめあった。

愛おしかった。
愛くるしかった。
またずっと一緒にいたいと思った。

君も、きっと、そう思ってくれた。

嬉しかった。

でも、やっぱり何かが違っていた。

それが何かなんて分かれば、いつだって、
喜んで君に会えたのかも知れない。

だけど、それは分からなくて。

どのくらいそうしていたか分からない。
とにかく、ずっとずっとぼくらはお互い、
お互いを確かめるように、抱きあっていた。

そしていつの間にか君の手には、
いつものようにナイフが握られていたけれど、
ぼくはそのナイフに気付かない振りをしていた。

もう少し、こうしていたい。そう思ったから。

でも、いつまでもこうしてはいられない。
それを分かっていたから、みんな行く必要はないと
言ってくれたのだし、ぼくも随分と迷ったのだった。

ぼくが意を決してナイフを取り上げ、
それを君の首筋にあてがうと、君は間もなくぐったりとした。

なんの感想もなかった。
遠くの国の出来事をテレビで見ているような感じだ。
何のリアリティーもありはしない。

やっぱり、ぼくには君がいないと駄目なのだ。
別に駄目、じゃあない、君といたいのだ、君が、必要なのだ。

いつも、それが分かるだけ。

君と別れることが出来るかも知れない、なんて、
そんなことを思って来てみるけれど、そんなこと、
出来っこないのだ。

きっと、君も、そう思ってくれているのだと思う。
だから、いつもぼくに会おうとしてくれるんだよね。

その度にぼくは君のことを傷つけてしまうばかり
だけれど、それでも君はぼくに会おうとしてくれる。

それなのにぼくは、
情けなくて悲しくて切なくて空しくて、
もう君に会いたく無くなってしまう。

それこそ不甲斐なくて、

やっぱり君に会いたくて、

ぼくはまた、君と会おうとするのだ。
いつかまた君と一緒に過ごせる日を夢見て。

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