南の島へ

みんな思った、騙されてる。

一体どこで何に騙されているのか分からない。
でもどうしても何かが違うんだ。

ぼくらはみんなでお金を出し合って
南の島へやって来た、はずだった。

そもそも南の島なのに海がない時点で
怪しいと思うべきだったんだ。

それに椰子の木だって生えてない。

何が違うのかが分からないのだけど、
とにかく納得がいかなかった。

旅行代理店の男は言う、「みんなやってる」。

一体誰が何をやっているというのだろうか。
さっぱり分からない。

ただ、それしか言わないのだ。

ここは本当に南の島なのかと聞いても、
本当はぼくらのことを騙してるんじゃないかと言っても、
「みんなやってる」それしか言わない。

でも、正しくは言うことが出来ないのだ、ロボットだから。
旅行代理店から借りてきた添乗員ロボットだった。

本当に何にも教えてくれやしない、
それどころかぼくらが彼に教えてもらったのは
手品のやり方だけだ。

というかこいつはそれしか知らない。

この島に来るのだって結局自分たちで
地図を見てやっとたどり着いたんだ。

おかげでぼくらはみんなそれなりに
手品が出来るようになった。

相手に適当なカードを引かせて
それを言い当てるなんてそれこそ朝飯前だ。

とにかく彼は自分の知らないことを聞かれると
「みんなやってる」。

と、それしか応えられない。
そして思い出したように手品の解説を始めるのだ。

もちろんぼくらは、島の人間にもここが
本当に南の島なのかどうか聞いてみた。

何人にも、何十人にも聞いてみた。

でも、みんな南の島だという。
1人もここが南の島であることを否定する人はいなかった。

それでもぼくらは、騙されていると、
そうとしか思えないのだった。

結局ぼくらはそんな思いを抱きながら帰路に着いた。

南の島には青い空も青い海も無かったけれど、
ぼくらは南の島から帰って来たのだった。

それからしばらくしてだった、マジックブームが訪れたのは。

そのブームは瞬く間に世界中に広がり、一大ブームとなった。
そして、気がつたらぼくらもステージの上に立っていたのだった。

確かに南の島でぼくらは添乗員ロボットからそれなりに
手品を教えてもらっていた、つもりだった。

でも本当は違ったのだ。
それなりに、ではなく、かなりレベルの高いマジックを
教えてもらっていたのだった。

でも苦労して覚えた、という記憶は誰も無い。

南の島があまりにも退屈だったので、
みんなマジックの練習くらいしかすることがなかったのだろう。

しかもどういうわけかぼくらが教えてもらったマジックのネタは
ぼくら以外誰も知らないようで、ぼくらはすぐに世界中の注目を浴びた。

それからぼくらは5人組のマジシャンとして
世界中で大活躍した。

来る日も来る日も手品をやり続けた。
朝から晩まで、春になって秋になっても、
そしてまた春が来ても、とにかく手品をやり続けた。

やがてぼくらは国民栄誉賞をもらい、
なぜかノーベル物理学賞までもらった。

そしてぼくらは貯まったお金でもう一度南の島へ、
行くことにした。

懐かしい想いで訪れた南の島には
やっぱり椰子の木も青い海もなかった。

もちろん青い空だってありはしない。

道行く人に尋ねてみても応えは前と変わらない。
ここは南の島だと言う。

やっぱりぼくらは納得いかなかったけれど、
ぼくらはそこでマジックショーをやることにした。

確かにそこは南の島なんかじゃないけれど、
ぼくらにとって思い出の場所であることは変わらなかった。

だから、ぼくらはそんな思い出の場所で
マジックショーをすることにしたんだ。

ショーには島の人口のほとんど全員じゃないかと
思うくらいたくさんの人が来てくれた。

もっともっと大勢の観客の前でショーをしたことも
あったけれど、この場所にみんなが集まってくれたのが
とても嬉しかった。なんだかようやく南の島に認めて
もらえたような、そんな気がした。

そこでぼくらは、この島を南の島に変えるマジックをした。

何の変哲もないこの島を椰子の木が生え、
青い空と青い海、そして綺麗な夕日の沈む、
ぼくらの行きたかった南の島に変えるマジックをした。

もちろんタネも仕掛けだってある。
本当に変えてしまったわけではない。

ショーは大盛況で、みんな泣いて喜んでくれた。
中には号泣している人さえいた。

初めは喜んでくれているのかと思ったのだけれど、
でも、少し様子が違った。

ある人は言った「これが本当の南の島なんだ」と、
また別の人は「やっぱりここは南の島じゃないよな」と言った。

その内会場のいたるところから「ここは南の島じゃない」
「そうだ、南の島じゃない」といった声が聞こえ始めたんだ。

そしてみんな叫び始めたんだ、「南の島じゃない」って。

みんな、知っていたんだ、
ここが本当は南の島なんかじゃあないってことを。

でも信じてた、ここが南の島なんだって。
けれどやっぱりここは南の島じゃあない。

みんなどういう経緯でこの島にやって来たのかは
分からないけれど、それはぼくらのようにあの添乗員に
連れてこられたのかも知れないのだけれど、とにかく、
みんな信じたかったんだ、ここが南の島であることを。

ショーのフィナーレでぼくらはそう思っていた。

そのショーを最後に、
ぼくらはマジックの世界から足を洗った。

やっぱり、ぼくらは南の島に行きたかったんだ。
そう思った。

幸いお金はマジックで稼いでたくさんあった。

ぼくらは今度こそ本当の本物の南の島に行くことにした。

今度こそもう間違えない、
そうしてぼくらはようやく南の島にたどりついた。

そこにはマジックの世界のような華々しさも無ければ、
かつてのようにお金が儲かったりもしないけれど、
ぼくらは満足だった。

椰子の木が生え、青い海があり青い空がある、
まぶしい太陽があり、そして綺麗な夕日が沈む。

それがぼくらが求めたものだったのだ。

風の噂で、ぼくらが初めに訪れた南の島は
相変わらず毎年多くの人が訪れていると聞いた。

でも不思議と騙されているとは思わなかった、
そこだってやっぱり信じれば南の島なのかも
知れないんだと思ったから。

ただ、ぼくらには信じられなかった、
それだけのことだったのかも知れない。

そして今日もぼくらは
海の向こうに沈む夕日を眺めながら
一日を終えるのだった。

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